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高松高等裁判所 昭和34年(ナ)2号 判決 1960年3月02日

原告 川村要 外六名

被告 高知県選挙管理委員会

主文

一、昭和三四年二月一七日施行された高知県長岡郡本山町大字上津川・下川・古味・井尻及び大渕の区域にかかる本山町と土佐郡土佐村との間の境界変更についての選挙人の賛否の投票の結果の効力に関する原告川村要、同和田重義、同川村貞一、同和田義正、同和田義守の訴願につき被告が同年六月一五日にした裁決を取消す。

二、右投票の結果の効力に関する原告青木茂幸、同和田重正の訴願につき被告が同年六月一五日にした裁決を取消す。

三、右の投票の結果は境界変更に賛成の投票の数が有効投票の三分の二以上であることを確認する。

四、訴訟費用は昭和三四年(ナ)第一号事件及び同第二号事件とも被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、昭和三四年(ナ)第一号事件(以下、単に一号事件という。)につき、主文第一、三項同旨の判決を、昭和三四年(ナ)第二号事件(以下、単に二号事件という。)につき、主文第二、三項同旨の判決を、夫々求め、右各事件の請求原因として、

(一)  原告等(一、二号事件)はいずれも昭和三四年二月一七日施行された高知県長岡郡本山町大字上津川・下川・古味・井尻及び大渕の区域にかかる本山町と土佐郡土佐村との間の境界変更についての賛否の投票の選挙人であるが、本山町選挙会においては右投票の結果について賛成投票の数が有効投票の三分の二に足りない(不足数〇・六六票)ものと決定した。一号事件原告及び二号事件原告は右決定を不服として各別に同年同月二〇日同町選挙管理委員会に異議申立をなしたところ、同委員会は同年三月六日異議申立棄却(賛成投票の数の、有効投票の三分の二に対する不足数一票と認定して)の各決定をした。そこで一号事件原告及び二号事件原告は右決定を不服として各別に同年三月一二日被告に訴願したところ、被告は同年六月一五日次のように判定し、賛成投票の数が有効投票の三分の二に足りないとして訴願棄却の裁決をした。

投票総数           四七五票

無効投票             五票

有効投票           四七〇票

内「賛成」          三一三票

「反対」           一五七票

有効投票の三分の二の数 三一三・三三票

有効投票の三分の二の数に

対する賛成投票の不足分   〇・三三票

(二)  しかしながら、右各裁決は次の理由により違法である。

(イ)  被告が「反対」の有効投票と判定したもののうちには、「ハ」(検証調書添付写真12)、「」(同写真11)、「ハハ」(同写真5)の各一票が含まれているが、

(ロ)  右三票はいずれも投票者の意思(賛成か反対か)を確認しがたいものとして無効投票と判定すべきである。すなわち、「ハ」の一票について。仮名の一字は意表文字ではなく、単なる音表文字にすぎないから、「ハ」の一字から投票者の「反対」の意思を認定することはできない。だから右裁決説示のように「ハ」の一字は投票者が「ハンタイ」と書く意思で誤つて「ンタイ」の三字を脱漏したなどと認定することは正当な判定とは到底いえない。

「」の一票について。上の一字は「ハ」であると判読できるが、下の字が何であるかは全く判らないから、結局「」から投票者の「反対」の意思を認定することはできない。上の「ハ」の字と下の「ノ」とが余りにも接近し過ぎていることから見れば、裁決の説示するように投票者は「ハン」と書く意思で誤つて「ン」の字の「ヽ」を脱落したものであるなどと認定することはできない。

「ハハ」の一票について。上下の二字は「ハ」と認めるとしても、中の「」は何であるか不明である。もし「ハ」だとすれば「ハハハ」となつて冷笑した不真面目な投票と見られ、「イ」だとすれば「「ハイハ」となつて全く意味がわからない。したがつて、この一票から投票者の「反対」の意思を認定することは不可能である。裁決の説示するように投票者は「ハン」と書こうとして「ン」を書損じたので書直そうとして再び「ハ」と書いたが、その次に「ンタイ」の三字を書落したなどと認めることは、こじつけも甚しい。

(ハ)  右の三票を無効投票とすれば、投票の結果は次のとおりであつて、結局賛成投票の数は有効投票の三分の二以上となる。

投票総数           四七五票

無効投票             八票

有効投票           四六七票

内「賛成」          三一三票

「反対」           一五四票

有効投票の三分の二の数 三一一・三三票

有効投票の三分の二に対する賛成投票の超過数

一・六六票

(三)  よつて右各裁決の取消並に賛成投票の数が有効投票の三分の二以上であることの確認を求める。と述べ、被告の答弁並主張事実に対し、

本山町選挙管理委員長が周知説明会において、「ハ」又は「サ」と記載した投票も前者は「反対」、後者は「賛成」のものとして夫々有効と説示したとの事実は否認する。

本件各裁決においては「本山ヅキハンタイ」という一票(検証調書添付写真4)を「賛成投票」と判定していることは認めるが、右は正当であつて、被告主張のように「反対」の投票と認むべきではない。すなわち、投票者は「本山ヅキ」に「ハンタイ」或は「本山ヅキ」は「ハンタイ」という趣旨で書いたものと見るのが妥当である。そして「本山ヅキ」とは、本山町についていて分町しないこと換言すれば境界変更しないことの意であること明らかであるから、結局右は境界変更に「賛成」の意思を表示したものと認むべきだからである。と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、一、二号各事件につき、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実のうち、(一)及び(二)の(イ)の事実は認めるが、その余は争う。

本件投票に先だち、本山町選挙管理委員会は投票用紙の記載方法につき「境界変更」に賛成の者は「賛成」、反対の者は「反対」と書くべき旨その他諸般の注意事項を記載した選挙人心得なる印刷物を選挙人に配付したが、同時に関係地区において周知説明会を開いたものであるところ、同説明会において右委員会委員長(塩田潤一郎)は参会者の質疑に応答して、単に「ハ」又は「サ」と記載した投票も前者は「反対」、後者は「賛成」のものとして夫々有効である旨説示した。又、もともと本件投票においては境界変更に「賛成」か「反対」かの二者択一の意思を記載するのであつて、一般選挙のように多数候補者中から一名を選びその氏名を記載する場合とその趣を異にする。したがつて本件投票の効力を判定するにあたつて、投票用紙に記載された文字だけでなく右のような諸点をも考慮してこれを決すべきである。しかるところ原告主張の三票はいずれも「反対」の有効投票と認むべきである。すなわち、

「ハ」の一票について。投票者は「反対」の意思をもつてこれを表わすために「ハ」の一字を書いたものであることは容易に判定できる。「ハ」に続けて「ンタイ」と記載しなかつたのは恐らく前記説明会における説示どおり「ハ」だけで「反対」の投票としての効力があるものと思惟し「ンタイ」を省略したものである。「」の一票について。投票者は「ハ」の次に「ン」と書こうとしたが、「ヽ」を投票紙面に触れるか触れない程度に軽く打つたため、紙面に現われなかつたか、又は「ヽ」を脱漏したため「ヽ」となつたものである。「一」と書こうとしたものでないことは運筆が左から右稍々上方に向け力を抜きはねたような筆跡によつて判る。なお、投票者が「反対」の意思でありながら、「ハンタイ」と完全に記載しなかつたのは、前段摘示と同一の理由によるものである。

「ハハ」の一票について。上下二字はいずれも「ハ」と判読でき、中の字は「ン」に対する知識不確実による錯覚のため「ン」の逆字のように書き誤つたものと認められる。投票者は「反対」の意思をもつて「ハン」と書こうとして「ン」を書き誤つたため書き直して意思を正確に表わすべく「ハ」と再び書いたが、前々段摘示と同一の理由で「ンタイ」と記載しなかつたものと考えられる。

と述べ、更に

本件各裁決においては「本山ヅキハンタイ」という一票(検証調書添付写真4)を「賛成」の有効票と判定したが、右判定は誤りであつて「反対」の有効票とすべきである。右投票紙を検すれば投票者は記載欄内に「ハンタイ」と記載した後その右肩に「本山ヅキ」と書添えたものであることが容易に察知できる。これは境界変更に反対の意思をもつて「ハンタイ」と先ず記載したうえ、その意思表示を明確にする意図で自分は本山町につき土佐村につきたくない、つまり分町したくないという意思を、日常用いる「本山ヅキ」という言葉で書き添えることによつて明瞭に表わしたものである。(本件投票前、境界変更に賛成、反対の両派共熾烈な選挙運動を展開し、運動員は街頭において投票者に対し本山づき((分町に反対の意))の者は反対と、土佐村づき((分町に賛成の意))の者は賛成と書くよう反覆執拗に呼びかけていた事実がある。このことは右投票の判定上重要な要素として考慮に入れるべきである。)さすれば、有効投票四七〇票のうち、「賛成」三一二票、「反対」一五八票と判定するのが正しいのである。(したがつて、有効投票の三分の二に対する賛成投票の不足数は一・三三票である。)しかし、いずれにしても賛成投票の数が有効票の三分の二に足りないことに変りはないから、訴願を棄却した本件各裁決は結局正当である。

と附陳した。

(立証省略)

理由

原告主張の請求原因(一)の事実及び本件各裁決において本件投票中の「ハ」(検証調書添付写真12)、「」(同写真11)、「ハハ」(同写真5)の各一票が「反対」の有効投票と判定され「本山ヅキハンタイ」(同写真4)の一票が「賛成」の有効投票と判定されたものであることは当事者間に争いのないところである。

そこで、右各票(四票)の投票の効力につき審究すべきところ、当裁判所は以下に説示する理由により右の四票はいずれも無効投票と認定すべきであると考える。

「ハ」の一票について。

本件投票が一般の選挙のように数名の候補者の中から一人を選ぶのとちがつて「賛成」か「反対」かいずれか(二者択一)の意思の表明を求める投票であることはいうまでもないが、それだからといつて「ハ」の一字だけから「反対」の意思の表明がなされていると認めることは到底できない。「賛成」「反対」という場合「ハ」の一字は一の発音を表示し得てもそれ自体では何等の意味内容を持ち得ないからである。(また「ハ」の一字は投票者が「ハンタイ」と書く意思で誤つて「ンタイ」の三字を書落したなどと判断することは一つの想像ないし独断であつて、その採りえないことはいうをまたない。)なお、証人塩田潤一郎の証言によると、本件投票期日前、本山町選挙管理委員長である同証人が投票についての注意事項の周知説明会において参会者の一人の質疑に対して、「ハ」は反対の、「サ」は賛成の有効票と解しうるのではなかろうかと思われる、と答えたことがあるが、右のようにその回答は幾分疑問的であつて、決して断定的ではなかつたのみならず、また右説明会に参集した選挙人は三〇名前後であつて選挙人全体の数からみれば極く少数であつたことが認められ、かつ、右回答の内容が如何なる方法にもあれ全選挙人に伝達されたような事実はこれを推認すべき証拠がないのであるから、右のような回答がなされた事実をもつて前の判断を左右することはできない。そして「ハ」の一字から「賛成」の意思の表明があつたと認めえないこともいうまでもないから、結局「ハ」の一票は賛否いずれとも確認しがたいものとして無効投票と判定するべきである。

「」の一票について。

検証の結果によると、「ハ」の下の「ノ」は文字の体をなしておらず、ただ左から右に運筆したようではあるが、その位置が「ハ」の字に余りにも接近し且筆跡が「ハ」の字に比べて淡く短いことが認められるから、被告主張の如く「ン」の字の「ヽ」を脱落したものと認めることは困難である。右のように文字の体をなしていないこと(数字の「一」を書いたものとも認めがたいから。)から考えて右の一票は「ハ」の一字だけを記載したにすぎないものと認めるのが相当である。してみればこの一票も前説示と同一の理由により無効投票と判定すべきである。

「ハハ」の一票について。

検証の結果によると、上下の字は夫々「ハ」と判読でき、中の字は縦棒がやや斜いてはいるが「イ」の字に最も近いことを認めうるから、右は「イ」の字を書いたものと解すべきである。さすれば「ハイハ」となつて「賛成」「反対」いずれの意思の表明があつたものとも確認しがたいから結果無効投票と判定すべきである。被告は、投票者は「反対」の意思で「ハン」と書こうとして「ン」を書き誤つたため書き直して意思を正確に表わすべく「ハ」と再び書いたものであると主張するが、(中の字が「ン」と判読できないことはもちろん)投票の記載自体からそのように解することは到底できないところであるから右は一の想像ないし独断の域をでないものといわなければならない。

「本山ヅキハンタイ」の一票について。

検証の結果によれば、この一票は投票の記載欄内に「本山ヅキ」という字と「ハンタイ」という字が肩を並べて(但し、語尾は前者の方が一字だけ高く記載されているが。)記載されていることがわかる。しかしながら被告主張の如く、先ず「ハンタイ」と記載しその後に「本山ヅキ」と書き加えたものと認定することは、右記載だけからはしかく容易ではない。或は「本山ヅキハンタイ」と書くべく通常の国語の記載順序にしたがい右から書きはじめこれが二行にまたがつたものとも思える。若し後者ならば「本山ゾキにハンタイ」ないしは「本山ヅキはハンタイ」の意味に解するのが自然であるから、これは境界変更に「賛成」の意思を表明したものとみるべく、若し被告主張のとおりならば境界変更に「反対」の意思を表明したものとみるのが自然である。(「本山ヅキ」とは、「本山町につく」の意味であり、「本山町につく」とは本山町から分町しないこと換言すれば境界変更しないことを意味することは弁論の全趣旨に徴し明らかである。)右のようにこの票は見方によつては境界変更に「賛成」の意味にも「反対」の意味にも解しうるのであるから、結局賛否いずれとも確認しがたいものとして無効投票と判定すべきである。なお、証人和田頼光、同小松茂喜の各証言によれば、本件投票については境界変更に賛成、反対両派の間に熾烈な選挙運動が行われ後者の運動員は街頭で選挙人に対し「本山づきの者は反対と書け」「分町反対の者は反対と書け」などと呼びかけていた事実を認めうるが、この事実があるからといつてこのことから直ちに右の一票を境界変更に「反対」の投票とのみ解しなければならないとはいえない。

以上のとおりであるから、前記の四票を無効投票として計算すると、投票の結果は、

投票総数           四七五票

無効投票             九票

有効投票           四六六票

内「賛成」          三一二票

「反対」           一五四票

有効投票の三分の二の数 三一〇・六六票強

有効投票の三分の二の数に対する賛成投票の超過数

一・三四票弱

となる。したがつて賛成投票の数は有効投票の三分の二以上であると認めなければならない。しからば、賛成投票の数が有効投票の三分の二に足りないものと認定して各訴願を棄却した本件各裁決は違法であるからこれを取消し、賛成投票の数は有効投票の三分の二以上であることを確認すべきものである。

よつて、一号事件原告及び二号事件原告の各請求はいずれもこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸友二郎 安芸修 荻田健治郎)

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